和ダンスというオーダー家具の復権

和ダンスと呼ばれる昔のオーダー家具が消滅の危機にさらされている。急速な欧米文化の流入と、日本人の古いものを大切にする考え方の変化により、和ダンスがわずか100年か200年前に作られたものであるにもかかわらず、絶滅危惧種となっているのである。耐久性よりも合理性やデザインが優先され、プラスチックや合板べニアに囲まれた大量生産物が吐き出されいるのが現状である。頑丈で時を経ても美しい和ダンスに代表されるオーダー家具の復権を願うばかりである。
 東日本大震災の影響は大きくそれまではあまり意識していませんでしたが、電気の大切さを痛感いたしまして、建て替えやリフォームは、エコハウスにと言うのが多数を占めるようになりました。私自身も出来るならばエコハウスにと思っています。太陽光発電設備と重油の発電設備ともちろん自動車も蓄電できるものをと思っています。できればゴミの量も半分以下にできるエコハウスが望ましい。
 「たかが飲み会」と軽んじる人もいるかもしれませんが、中小企業は少人数で、社員の結束がモノをいう世界です。飲み会だって重要なコミュニケーションツールです。

 中小企業の社長なら、積極的に部下と飲み、親密なコミュニケーションが必要です。ところが、業績の悪い会社の社長は、自社の社員とは飲みに行きません。「○○会の集まりだ」「社長同士のつき合いだ」と言って、社外の人間ばかりとつき合っている。これではダメです。

 一番コミュニケーションをとらなければならないのは、紛れもなく自分の会社の社員です。そんなこともできないで、「コミュニケーションが大事だ」と言っても何の説得力もありません。

 わたしは社員との公式な飲み会だけで、年間50日実施しています。

 公式というのは、あらかじめスケジュールを社員全員に公開している飲み会です。「今日、飲みにでも行くか!」という突発的なものは含みません。

この公式な飲み会は、メンバー選びもシステマチックです。わたしは幹部を7組に分け、飲みに行く順番を割り振っています。その幹部と数名の社員を連れて、頻繁に飲みに行きます。これは、武蔵野の公式行事です。

 仕事の都合で飲み会に参加できない幹部は他の幹部の飲み会に参加します。

普通の会社なら「それじゃあ、今日は仕方がないな」と言って、仕事へ行かせるのでしょうが、わたしの考えは違います。「たかが飲み会じゃないか」と納得できない人は、そういうルール、社風の会社へ行けばいいだけの話です。少なくとも武蔵野では、飲み会は大切な行事です。

 飲み会でしか知り得ない相手の本質を知ることもありますし、そこでしか築けない人間関係もあります。一緒に飲んで、騒いでいるからこそ生まれる団結力だってバカにはできません。

 社内のコミュニケーションのために、管理職は「月に一度は部下を集めて飲みに行かなければいけない」という決まりがあります。単に、飲み会を奨励しているのではなく、ルールとして決めています。

 ルールだから、報告書も出させます。「何月何日に、誰と飲んだ」という報告書に、領収書と飲み会の写真の貼付を義務づけています。

もはや言うまでもないでしょうが、「人を信じても、仕事は信じるな」です。

ちょっと話は逸れますが、わたしは社員とキャバクラで、ただ遊んでいるわけではありません。

 以前、こんなことをしたことがあります。まず、キャバクラのおねえちゃんたちを集めて、「次回、若手社員から携帯の番号を聞き出したら、1件につき3000円払うよ。だからがんばって」と言っておきます。一方で、社員には「キャバクラで携帯の番号を絶対に教えちゃダメだぞ。これは社長命令だからな!」とクギを刺しておきます。さて、この対決はどうなったでしょうか。

 じつに当たり前の話ですが、結果は社員たちの惨敗です。おねえちゃんたちの誘惑に、撃沈する社員が続出しました。それがまともな男でしょう。しかし、なかには社長命令をかたくなに守った社員もいます。そんな様子を見て「彼は守秘義務が守れる。経理を任せても大丈夫だな」と密かにわたしは思わけです。

 こんなチェックはキャバクラでしかできません。社内で仕事をしていれば、誰だって社長命令は守ります。しかし、キャバクラで酒を飲み、おねえちゃんたちに囲まれると、人間の本性が分かります。

●会社は小さいからこそおもしろい

 社員がなぜ中小企業で働いているかを考えたことがあるでしょうか。1番の理由は「大企業に就職できなかったから」ですが、ではなぜ今の会社で働き続けるのでしょうか。その理由は簡単で、社長のことが好きだからです。最終的にはすべてそこに行き着きます。

 考えてもみてください。会社の責任をすべて担っているのは社長です。業績が上がるのも下がるのも、クレームがくるのもこないのも、社内が明るくなるのも暗くなるのも、すべては社長次第です。

 会社の業績も、制度も、文化も、雰囲気も、すべて社長がつくっている。社長同士で集まって、「うちの幹部連中はダメだ」などと言っている人も大勢いますが、そんなことを言っている暇があったら、もっと社員と関わるべきです。

だから、わたしは社員と頻繁に飲みに行き、社内外を問わず社員に関心を持っています。

 朝、タクシーのなかで報告を受ける際も、内容は必ずしも仕事の話とは限りません。社員のプライベートについても、報告を受けます。「子どもが生まれる」と聞けば、その社員の給料のこと、今後の生活のことを考えるし、「サラ金から借金をしている」と知れば、解決の方法を指示する。

 事実、社員がサラ金にはまったときは、わたしが出て行って交渉した。社員が家を買うときは、値引きの手ほどきをする。

 社員と近い距離での会社経営がわたしは楽しいです。だから、わたしは大きな会社をつくりたいと思いません。会社が大きくなって、社員の顔と名前が一致しないようでは、仕事はつまらなくなる。

 別に大会社が悪いとか、中小企業が正しいという話ではありません。ただ、わたしは小さい会社のほうが楽しいし、小さい会社には小さいなりのやり方があるということです。

 本書で紹介したわたしの考えや武蔵野のルールは、常識外れなものもたくさんあります。しかし、それでわたしも社員も明るいから、それでいいです。

社員の仕事は信用してないから、徹底的にチェックをしますが、人そのものは信用しています。はっきりと言い切れるのも、常に社員と親密なコミュニケーションをとり、お互いが人間としてつき合っているからです。【小山 昇】

(ITmedia エグゼクティブ)